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東京地方裁判所 平成7年(刑わ)2088号 判決

主文

被告人を懲役三年に処する。

未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人は、昭和六二年五月ころ、AことBの主宰する宗教団体オウム神仙の会の出家信者となり、その後右団体が宗教法人オウム真理教(以下教団という。)となった後、平成元年一二月ころからは正悟師と称する幹部の地位についていたものである。

教団教祖Bは、かねてから教団信徒らによる理想郷の建設を提唱していたが、平成二年五月上旬ころ、教団幹部のC及びDに対し、その用地として熊本県阿蘇郡波野村所在の土地七筆(合計実測面積約一五万平方メートル。以下本件土地という。)の購入方を指示し、C、Dの両名は、右土地の所有者Eと交渉し、同月一八日には、代金五〇〇〇万円で右土地を購入する旨の内諾を得た。しかし、同月二四日ころ、Eが、国土利用計画法二三条に定める届出の期間を経過していないなどとして売買契約の締結を拒む態度を示したため、C、D及び同行した教団幹部の弁護士Fらは、電話でBと相談の上、国土利用計画法の届出手続を潜脱するため、右土地の売買を、Eの負っている一五〇〇万円の債務の支払いを条件とする負担付贈与契約であると仮装し、同時に売買代金との差額三五〇〇万円を裏金として同人に交付する旨を提案し、Eの了解を得て負担付贈与契約書を作成するとともに、三五〇〇万円をその場で支払い、同月二八日ないし二九日、本件土地の所有権が、同月二四日贈与により教団に移転した旨の登記がなされた。

間もなく、右土地の譲渡等につき、熊本県が国土利用計画法違反及び森林法違反の疑いの下に調査を始め、被告人も、同年六月下旬ころ、Bの指示を受けて、教団信徒のGらに本件土地の調査を行わせ、あるいはFらとともに右土地の時価を調査するなどしていたが、同年八月中旬ころ、熊本県から、国土利用計画法違反及び森林法違反で教団が告発され、Eが熊本県警の警察官に対し、本件土地取引が売買である旨供述したとの事実を聞き、右土地取引の実体を認識していたにもかかわらず、これを負担付贈与であるとする教団の主張を擁護するため、C、Fらとともに、同年九月一日熊本市内のホテルにEを呼び出し、捜査官に対する供述を変更するように迫り、Eは、このような教団の行為に恐れを抱き、以後親戚宅に身を隠した。

B、Fらは、同年一〇月上旬ころまでに、本件土地の取得は負担付贈与によるもので、教団がEに交付した三五〇〇万円は同人への融資である旨主張するとの方針をたてていたが、同年一〇月二二日、Fが国土利用計画法違反の容疑で逮捕されたことから、被告人、C及び教団の経理を担当するH子らは、前記の主張を裏付ける資料として、同年六月一八日H子からCに対し、Eへの融資金三五〇〇万円が仮払金として支出された旨の伝票等を作成して検察庁に提出するなどした。同年一〇月三〇日、C、Dが、いずれも国土利用計画法違反の容疑で、同年一一月七日、H子が証憑隠滅の容疑で相次いで逮捕され、同月末ころまでの間に、F、C、Dはそれぞれ前記無届売買をしたとの国土利用計画法違反、公正証書原本不実記載、同行使等の、H子は証憑隠滅の各事実で熊本地方裁判所に公訴を提起された。

(罪となるべき事実)

被告人は、真実は、教団が本件土地をEから五〇〇〇万円で購入したのに、右の土地取得は、国土利用計画法二三条に定める届出を要しない負担付贈与によるものであり、Eに交付した三五〇〇万円は融資金であるとの前記教団の主張を裏付け、F、C、D及びH子の右事実に関する刑責を免れさせようと企て

第一  C、D及び教団幹部の故Iらと共謀の上、平成二年一〇月二九日ころ、静岡県富士宮市《番地略》所在の第一サティアンと称する教団施設において、かねてGが土地台帳等を閲覧するためEから入手していた、同人の署名押印のある代理人選任書を利用して同人名義の金銭受領書の作成を企て、行使の目的をもって、ほしいままに、右代理人選任書の余白に「オウム真理教殿 1年契約で3、500万円の融資を受けました。平成2年6月19日」とサインペンで書き込んだ上、右記載とEの署名部分とを切り取って、同人が教団から三五〇〇万円の融資を受けた旨の文書を完成させ、もって、E作成名義の受領書一通(平成八年押第六七六号の2)を偽造した上、平成四年八月二七日、熊本市京町一丁目一三番一一号所在の熊本地方裁判所第一〇一号法廷で開廷された被告人F、C、D及びH子の各被告事件の第一七回公判期日において、情を知らない右C、D及びH子らの弁護人Jらをして、右受領書を真正に成立したもののように装って取調のため展示させた上、同裁判所に提出させて行使し

第二  F及びIらと共謀の上、平成二年一一月中旬ころから平成三年一月初旬ころにかけて、大阪市《番地略》甲野九二三号室及び前記第一サティアン等において、行使の目的をもって、ほしいままに、被告人において、「甲(教団の意)は、乙(Eの意)に対し、本日左記約定にて金三千五百万円を貸渡し、乙はこれを借り受け借用した。弁済期平成三年六月一九日 利息年五パーセント」、「甲は乙の承諾なしに、本覚書の一切に関して平成三年二月一日より前には第三者に漏らしてはならない。」、「甲の乙に対する右融資の正式融資日は本年六月一九日とする。」などの各条項及び「乙」としてEの住所及び氏名をワープロで記載した「覚書」と題する書面を作成した上、Iらにおいて、右Eの名下に、前記代理人選任書に押捺されたEの印影を模して偽造した「E」と刻した印章を押捺し、もってE作成名義の「覚書」一通(同号の1)を偽造した上、平成四年六月二五日、前記熊本地方裁判所第一〇一号法廷で開廷された前記F、C、D及びH子の各被告事件の第一六回公判期日において、情を知らない前記J弁護人らをして、右「覚書」が真正に成立したもののように装って取調のため展示させた上、同裁判所に提出させて行使し

第三  F及びGらと共謀の上、Gをして虚偽の証言をさせることを企て、平成四年六月二五日及び同年八月二七日、前記熊本地方裁判所第一〇一号法廷で開廷された前記各被告事件の第一六回及び第一七回各公判期日において、前記受領書及び「覚書」が、いずれも被告人らによって偽造されたものであることを認識しているGにおいて、証人として、宣誓の上、「平成二年七月一六日、Dと二人でEに会った際、同人に対し、Dが『融資の覚書を紛失したので、領収書のようなものを書いてほしい。』と言うと、Eが『あの話は外部に公表しないことになっているはずじゃないか。そういう話は困る。もう少し探して下さい。』と言った。その日の夜、Dから、『教団がEに三五〇〇万円を融資し、覚書を作成したが、世間体を気にするEの要望で絶対表に出さないという取り決めになっていた。』などと聞いた。」旨、「同月二三日、Dと二人でEを訪ね、一六日と同様のお願いをしたところ、Eは、覚書が外部に出されては非常に困るという感じで応対した。」旨、及び「同月二四日、Dと二人でEを訪ね、一六日及び二三日と同様のお願いをしたところ、Eは、最終的に『じゃあ作りましょうか。文面はどうしましょうか。』などと言った。その後、三五〇〇万円の受領書を作成してくれたとDから聞いている。」旨それぞれ虚偽の証言をし、もって、偽証したものである。

(証拠の標目)《略》

(法令の適用)

被告人の判示第一及び第二の各所為のうち、各有印私文書を偽造した点は、いずれも平成七年法律第九一号による改正前の刑法(以下同法という。)六〇条、一五九条一項に、これらを行使した点は、いずれも同法六〇条、一六一条一項、一五九条一項に、判示第三の所為は同法六五条一項、六〇条、一六九条にそれぞれ該当するところ、判示第一及び第二の各偽造と行使との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので、いずれも同法五四条一項後段、一〇条により、それぞれ一罪として犯情の重い各偽造有印私文書行使罪の刑で処断することとし、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役三年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇〇日を右刑に算入し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。

(量刑の理由)

本件は、判示の経緯で、教団の土地購入に関し、国土利用計画法違反等の容疑で熊本県警の捜査が開始され、C、F、D及びH子らが、逮捕、起訴された際、被告人が、教団幹部らと共謀して、右Cらの刑責を免れさせる目的で、売主であるE名義の金銭受領書、覚書を偽造し、かつGに偽証をさせたというものである。

被告人らは、虚偽の教団の主張を維持するようにとのBの指示のもとに、Eに対し捜査機関への供述を翻すように迫り、Eの押印のある書面を用いて受領書を偽造し、その印影をもとに精巧に偽造した印章を用いて覚書を偽造し、かつ、多数の専門家に依頼して、右偽造の印影と真正の印影とが同一である旨の鑑定書を作成させ、教団側の関係者全員に虚偽のストーリーを記憶させ、さらに予め作成した想定問答に基づき偽証を行うなど、組織をあげ、あらゆる手段を尽くして真実を隠蔽し、捜査及び公判の妨害を図ったものであって、刑事司法制度を歪める極めて悪質な犯行である。

被告人は、右犯行当時、教団の最高幹部の地位にあり、受領書の偽造を提案し、本件土地の取引に関与した教団関係者らに個別に面接して、全体としての虚偽のストーリーを組み立てるとともに、各人にこれに沿った個別の虚偽のストーリーを記憶させ、自ら覚書の偽造を行い、前記印影の鑑定を指示し、偽証に当たっては、事前に模擬の尋問を行うなど、一連の犯行の立案と実行行為の中心的役割を果たしたものであり、本件を特徴付ける徹底した欺瞞性は、まさに被告人の関与の結果であると認められ、その刑責は重大である。被告人は、逮捕後、検察官に対し犯行の全容を詳細に供述していたが、公判廷においては、虚偽の主張を貫くよう指示したBへの信を繰り返し述べるなど、現実から逃避した態度を続けており、反省の様子は全く窺えない。

本件各犯行は、被告人らが、教団の虚偽の主張を維持するようにとのBの指示に無批判に従ったものと認められること、熊本地方裁判所における前記各被告事件の終局前に本件各犯行が発覚し、最終的に裁判所の判断を誤らせるには至らなかったこと、被告人が捜査段階においては犯行について詳細な供述を行い真相の解明に協力していること、これまで前科、前歴がないことなどを考慮し、主文のとおり量刑する。

(裁判官 吉村典晃 裁判官 武部知子)

裁判長裁判官 竹崎博允は差し支えのため署名押印できない。

(裁判官 吉村典晃)

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